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一語一会  文書版更新 【第26回】

今回のタイトルは

【当たり前が何よりありがたい】


イニシャルM


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 今年も連日の猛暑であった夏が終わり、過ごしやすい秋の季節を迎えました。しかしながら、コロナ禍の中でもありますので、皆様におかれましては、さまざま心をくばりながらの日々であることと拝察いたします。


 さて、今年の5月、私は三人目の子供を授りました。最近は顔を覗くとニコニコと笑ってくれたりと本当にかわいいです。


 三人目の子は、一人目、二人目とお世話になった助産院で出産をさせて頂きました。コロナ禍の中でもあり、一人目、二人目のときとは違い、立ち会うことができませんでしたが、妻のお産も大変スムーズにさせて頂き、ホッとしておりました。


 翌日、助産院にいる妻からある画像が届きました。その画像は臍の緒だったのですが、よくみると、臍の緒の途中が真結びになっていたのです。たくさんの赤ちゃんを取り上げてこられた助産師の先生も、今までに2、3例ほどしか見たことがないと驚いておられたそうです。臍の緒が真結びになるのは、臍帯真結束と呼ぶそうで、妊娠中の検診では発見されずらく、胎児に臍の緒を通して充分な栄養が届かずに、場合によっては大変危ないものだということでした。


 そのことを知って、ゾッとしたのですが、同時に、安産で元気な赤ちゃんが産まれてきてくれたこと、をびや許しを頂き、気づかないところで神様がお見守りくださっていたのだと、感謝と有難さをひしひしと感じさせて頂きました。


 いま、妻がいてくれ、子供たちがいてくれ、その生活の中で、楽しいこと、嬉しいこと、怒ること、腹の立つこと、不足に思うこと、いろんなことを思う毎日ですが、そうした毎日があたりまえに過ぎていることが、何より有難いのだと思います。


 神様からお貸し頂くこの体があるからこそ、味わわさせて頂けるのだと、生まれてきてくれた赤ちゃんの臍の緒を見て、あらためて感じさせて頂きました。


 日常の中でうっかりと忘れそうになりますが、赤ちゃんの真結びになった臍の緒を見て、うっかりすることのないよう、当たり前がどんなに尊いことなのかを心にしっかりと結んで、毎日を一歩づつ歩んでいきたいと思います。

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ありがとうございました。

過去の一語一会文書版はこちらから


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